なんとなく楽しそうなトリスが傍にいる。
 馴染みのある筈の光景に、ネスティは一種のやりにくさを感じていた。
 彼はその原因を理解している。
「今日はキッカの実十五個とレーセーの滴五本とミーナシの滴八本。それとFエイド一ダースね」
「ああ」
 頷きながらも歩幅を広げ、トリスよりも前を歩く。
 数日前から感じる良くない視線と気配に、ややうんざりしながら。
 ご苦労な事だ、と口の中で皮肉る。
 視線の主たちの正体は予測がついている。
 蒼の派閥の中の、トリスと自分を快く思わない者が放った者達だ。
(デグレアの動きが活発な今、隙を見てデグレアの侵略活動と見せかけて僕達を始末してしまうつもりなのだろうな。あの人は)
 トリスが禁忌の森の秘密に触れたのなら、必ず彼の手で殺す事。
 それがあの人が監視役の自分に後から課したもう一つの任務。
 そして、その任を授けた後に彼はこうも言い放った。
「禁忌の森に関わらずとも、折を見て始末してしまえ」
 自分はその二つとも果たせなかった。
 何の進展もないのに焦れた彼は、トリスと一向に彼女を殺そうとしない自分を消すために、今、自分を監視しているものたちを放った。
 それがネスティの予想だった。
「ネス、待って、待ってよ」
 後ろからトリスが息を切らして追いかけてくるのを、立ち止まって待っててやる。
(昔はいつもそうだったんだけどな)
 トリスはいつも彼を追いかけていた。
 だが、今は違う。
 彼女は、自分の道を歩みつつある。彼女を慕い、対等に思う仲間達と共に。
 いつの間にか、彼から遠ざかりつつあった。
 そこに思考が至ると、いつも感じている不安が、はっきりと形をとって重くのしかかってくる。
 
 僕は君に最後までついて行くと決めたけど、それは本当にできる事なのだろうか。そして……それは君の為になるのだろうか?

 やや小走りでネスティに追いついたトリスは、彼の様子が少しおかしい事に気がついた。
 なんとなく、憂鬱そうな目の色をしている。
 どうしたのか、と思う内にその色は掻き消え、彼は彼女に背を向けた。
「君はもう少し早く歩けないのか?」
「ネスが速く歩きすぎなのよ。そんなに急いでもお店は逃げないのよ?」
「君はバカか。もう夕方なんだ。道具屋の閉店時間までもう間もないんだぞ」
「……あ、そっか」
「分かったら少しは急がないか」
「はいはい」
 むくれながらもトリスは歩くスピ−ドを上げた。
 歩くというより小走りに近い動きでネスティと並ぼう彼女は必死で足を動かしているのだが、ネスティとの距離は一向に縮まらない。
 むしろ、遠ざかっているようにすら感じる。
(最近、いっつもそうなんだよねえ)
 話しかければ答えを返す。ただし最小限の言葉で、こちらを見ずに。
 一緒に歩けば終始この調子だ。
 しかし怒っている訳ではなくて、時々、さっきのように瞳に憂鬱を秘めてこちらを見ていることもある。
 避けられている、と感じる。
 ちゃんと目の前にいる。言葉も通じる。
 だけど彼をひどく遠くに感じる。
 目の前にいるのに、あと少しというところで彼に触れられない。
 言葉は通じるのに、意思が何かを隔てたように遠い。
 そんな彼に、トリスはいつも奥底で感じていた不安が、だんだんと現実の形を取って自分を取り巻いていくのを感じていた。

 最後までついてきてくれるって言ってたけど、いつか、ネスはあたしを残してどこかに消えてしまうんじゃないかな。責めたりするつもりはないって言ってくれたけど、ネスは本当の所、あたしの事をどう思ってるんだろう?
 

ーNEXT−